「構造的沖縄差別」を撃つ ── ②
天皇制と沖縄
トーク:天野恵一(反天皇制運動連絡会」をはじめ数々の運動の中で鋭角な発言をし続ける、批評・運動者)
寄せ場と沖縄の関係は深い。戦後、全国の寄せ場に集まってきた日雇い労働者たちの中には、産業構造の転換で農村を解体されたり、エネルギー転換政策によって炭鉱などの職を失った人たちも多くいた。1970年代に山谷や釜ヶ崎で活動していた船本洲治は、この国家権力によって棄民化された者たちを「流動的下層労働者」と呼んだ。
沖縄と日本国家との関係は、いってみればその棄民化政策の集中的な拡張版とも言えるものだ。太平洋戦争の末期に、天皇・裕仁(ヒロヒト)は無謀な沖縄の地上戦を選び、敗戦後は天皇制の維持と引き換えに、沖縄をアメリカ軍政下に売り渡した。文字通りの沖縄の「使い捨て」である。寄せ場に流れてきた沖縄出身の「流動的下層労働者」は、アメリカ軍の基地建設のために「銃剣とブルドーザー」で農地を追われた人も多い。
上映委は、この春から『山谷』上映後の〈ミニトーク〉で「〈構造的沖縄差別〉を撃つ」というシリーズを始めた。第1回は「〈日米安保体制〉70年、その歴史と現在」というテーマで3月に開催。今回は沖縄と天皇制との関係を焦点化したいと思います。
講師は、1980年代から「反天皇制運動」を立ち上げてきた天野恵一さん。天野さんはこの映画の監督・山岡強一とも親交が厚かった。先鋭果敢な天皇制批判を期待し、天皇制と沖縄の〈現在〉を共に考えていきたい。