勝新太郎とドキュメンタリー

境誠一(映画編集者)         聞き手 山谷制作上映委員会・小見憲

<「勝新太郎7回忌法要記念名場面集」DVD上映20分>

プロダクションじゃない。勝プロダク

小見 これを観ますと、やっぱりすごいですねえ。紹介します。映画編集者の境誠一さんです。
 境です。今観てもらったのは、七回忌の法要の時に会場で流したビデオなんです。まあ、個々にはいろんなところで観せてはいるんですけ れども、これだけのお客さんの前で観てもらったのは初めてですね。「山谷」の作品とは、もう全てが違うんですけども。勝新太郎は皆さん方が思ってる「座頭 市」であるとか「兵隊やくざ」であるとか「悪名」であるとか、そういう役者としての顔と、もう一つ別の顔があります。それは監督としての勝新太郎です。 で、これがもう全く似ても似つかないっていうか……。これは皆さん方があまり知らないと思うんです。キャラクターとかは映画を観ればすぐわかるんですけど も。勝新太郎っていう人の監督方法とか演出法とかっていうのを、今回ちょっとこう、それとドキュメンタリーっていうのをちょっとからませて、まあ小見さん とのキャッチボールですかね。
小見 「勝新太郎とドキュメンタリー」というテーマなんですが、どういうふうにして結びつけるのか、これはかなり厳しい。勝新太郎って大 スターですよね。今のDVDにも出てきましたけど、三船敏郎と石原裕次郎、彼らと同じような大スター。ですけど、ちょっとこの三船敏郎や石原裕次郎とはタ イプが違って。「座頭市」にしろ、「悪名」にしろ、それから「兵隊やくざ」にしろ、どちらかって言うとアウトローというか下層というか、そういうヒーロー じゃないですか。そういうキャラクターは皆さんもご存じだと思うんですけど、そういう勝新太郎が監督をしたときの、演出の仕方っていうんですか。それはど ういうものなのか。例えば、よく知られたこととして、あの黒沢明と「影武者」でぶつかったとかね。大監督とぶつかるわけですから、俳優の立場っていうのも あるんでしょうが、もうひとつ何か、もののつくり方っていうものが底にあるような気がするんですよ。それでこの間、境さんからちょっと話をうかがった時 に、カチンコを使わないとか、かなりこうアバンギャルド的というか、そこら辺どうなんでしょう?
 その前にですねえ、さきほどの三船さんや裕次郎さんとちょっと違うのは、まあ勝プロダクションていう名前があるんですけども、「俺ん ところはプロダクションじゃない。勝プロダク損だ」と言うんですね。要するに、損をしてもいいんだ、赤字になってもいいって言うんですよ。これがちょっと 他の人達とは違う。そういうのが土台としてあるんですね。で、予定通り進まなくていいと。それと合理的なものを嫌がる、段取りが嫌いと、こうなるんです ね。そうすると物凄くこう手間がかかっちゃうんです。予算もオーバーしちゃうんです。予定通りいかないですから。例えば、今だったら「ああ空がないな」と なれば、「じゃあCGで合成しちゃおう」となりますけれど、でもそうじゃなくて「いい空が、雲が出るまで待とう」と。そうするとそこでまた無駄が、ロスが 出てくるんです。それでも、その瞬間が欲しいんだ、その偶然に面白味を求める。で、その瞬間、偶然を大切にして段取りを嫌うために、今度は「台本は余計 だ。台本いらない」と。いや台本はあるんですけど。どうしても「そういうふうにならない」という気持ちが……。で、その時どうするかというと、例えば俳優 さんに「お前だったらどうするの」という、そういった形で進めていくんですよ。だから即興の連続でもあるし。ただそれは俳優さんによって使い分けちゃうん ですよ。例えば、今のDVDに出てきた森繁さんの時なんていうのは、屋台のセッティングができたら、もうライティングが全部ととのって「はいOKです」に なったら、「じゃあシゲさんやろうか」と言って二人でこう芝居を始めちゃうんです。だから、セリフも事前の打ち合せなんてないです。テストなし。それでも 森繁さんだからできるんです。今日観てもらった画は短いんですけど実際は4分くらいあるんです。4分くらいを二人で昔の思い出話みたいな……。で、その時 の森繁さんの表情がもう何とも言えない顔になってるんですよ。勝のこういったこと、遊びに付き合ってどうすんだ、みたいな顔なんですよ。でも、観ている人 はそんなことを考えないですよね。一つあるのは、監督が俳優さんに「こういう顔をしてくれ」と言ったからといって、それは本当の顔じゃないと。だから森繁 さんの場合もぶっつけでドンドンやってっちゃったり。逆に、メイキングの、あれは長男の奥村雄大ですけども、あの時はセリフをあまりしゃべれなかったんで すよ、初めてだから。そういった場合は、いろんな言葉をかけながら、見てると催眠術をかけるような感じで引き出していくんですよね。だから、その辺は全く 人によってアプローチが違ってきて。俳優さんっていうのは、いろんな役を、いろんな人間ができるからいいんだっていう考えもあるんですけど、勝さんの場合 は「いや、もうお前自身でいいんだ」「余計なことはしなくていいんだ」と。すると、もう自分自身を曝け出すことになっちゃうんですよ。プロの俳優だけどプ ロの俳優をどんどん素人にしていっちゃう。そういったところが、撮影法としてはこうドキュメンタリーに近いような方法で、最終的に編集で劇にしちゃうって いう。だから、普通のスタッフから考えたら、非常に違った作り方ですね。

二枚目時代のフィルムは全部買い取って焼き捨てたい

小見 あの「座頭市と用心棒」でしたっけ。三船敏郎さんとはどうなんですか? 最後は結局、死なないんですよね。相手役として唯一死なないというか。
 社長ですから。(笑い)三船プロの社長だから、もうはじめから三船さんは斬れない。だから、ちょっとドラマが盛り上がらない。他の人はほとんど斬られてるんですけど、三船さんだけはやっぱり斬れなかったっていうことですねえ。
小見 演技のほうはどうなんですか? 森繁さんとは阿吽の呼吸みたいにしてやって、息子さんの時はこう催眠術かけるような演出方法を取ったというんですが……。
 三船さんの場合は、監督が岡本喜八さんだったので、だから喜八さんとの呼吸でやったんじゃないですか。
小見 あれは京都?
 ええ、もう全部京都です。最後の「座頭市」だけ東京でやりました。この最後の「座頭市」の時のことですが……勝さんっていうのは ちょっと変なっていうか、ぜいたくなところがあって。京都のスタッフは俺のことを全部知ってる。知ってると、シナリオがなくても道具でも何でも全部用意し てくれる。それがなんかこうつまんないと。15年ぶりに「座頭市」やるんだから俺のことを知らない人がいいだろう、そのほうが新しいものが出るんじゃない かっていうことでスタートしたんですね。まあそれで見事に失敗しちゃうんですけども。新しいものを出そうと言いながら、最終的には25本の中のダイジェス トを全部こう集めたような「座頭市」になっちゃったんですよ。面白くないのは京都のスタッフなんですよね。確かに「座頭市」は勝ちゃんのものだけど、「座 頭市」の画面を作り上げたのは俺らっていう自負があるんですよ。それを東京のスタッフがやったもんだから、それに対してもう不満はいっぱいありましたよ。
小見 なるほど。では、勝さんがこの作品はすごく気に入ってるとか、逆にこれは自分では気に入らないとか、そういうのはあるんですか? まあ演出とか演技も含めてですけど。
 作品は、「不知火検校」以前のフィルムは全部嫌いだと言ってましたね。二枚目で売ってた時があるんです。で、全然売れないんです。も う何をやっても駄目。劇場から「もう勝の映画やめてくれ」という苦情がきたくらいで。当時の二枚目の顔の、こうつるっとした顔のフィルムはもう全部買い 取っちゃって焼き捨てたいと。だから、その頃の作品は「大嫌い」って言ってましたね。
小見 そういえば、「初春狸御殿」とか、ありましたね。本当に二枚目。二枚目俳優として最初出てきたわけですよねえ。
 もう目もぱっちりして、ただ背が低いだけです。
小見 話を戻しまして、また俳優になっちゃうんですけども、「悪名」の田宮二郎さんとはどうなんですか?
 あれはもう即興ですねえ。アドリブです。
小見 アドリブ?
 ええ。変な言い方をすると、「やすきよ」に近いような、もう即興即興です。ひとつストーリーがあって、もうあとはプラスとマイナスの性格で。だから、あの辺はほとんどワンショットでやってると思いますよ。あまりカットバックなんかやってないと思います。
小見 ああ勝さんがプラスみたいな。(笑い)
 プラスとマイナスというより、まあこう古いタイプと新しいタイプっていう。

「警視―K」――電気消して正座して観ろ。そうしたらわかるんだ

小見 はい、わかりました。話は変わるんですけど、僕は観てないんですが、テレビで「警視-K」という作品をつくってますね。今、かなり評価されているそうです。実は、「山谷やられたらやりかえせ」の音をやった菊地進平さんもこの「警視-K」に関係したそうです。
 菊地さんがやられたのは、一話目がそうです。
小見 では、次にちょっとこの「警視-K」について。
 「警視-K」の時ですね、カチンコを叩かなくなったのは。「なんでカチンコを叩いたら、すぐセリフが出るんだ」と。そういうことが発 端で、一切カチンコを一話目は打たなかったんです。そうしたら、あとで一番困ったのが録音部なんです。どこまで編集部に音を渡していいかって。それでもっ といい方法ないかっていうことで、記録映画でやってるクラッパーっていうのを付けてやったんです。まあ、その辺はうまく技術的なことで解決したんですけど も、ただ「警視-K」で一番困られたのはテレビ局のプロデューサーでしたね。日本テレビの「太陽にほえろ」で20パーセント取ってる局Pが、「今度は勝新 の刑事ドラマで20パーセント取ろう」っていうことで張り切ってたんです。その一話の時、脚本もないってことで、それに本人もまあ「影武者」のあとという こともあって気合が入っちゃって、45分にしなきゃいけないのが90分になっちゃったんですよ。倍になっちゃったんです。監督ラッシュの時、みんな観なが らメモ取って打ち合せをするんです。その最初に、局Pがノートを開いて言い始めたら、「デンキ屋は黙ってろ」と。それから一言も言わなくなりました。作っ てあげてるんだから、作りたいようにさせろ、お前ら何も言うなというような姿勢で、どんどん作っていくわけです。有名な話ですが、話がわかりづらい、セリ フが聞き取りにくいということがありました。普通はセリフははっきりわかるようにしゃべってもらって録音しないといけないんですが、「いや、いいんだ」 と。さっきDVDに、三島由紀夫さんが出てますが、三島さんはプロの俳優じゃないからセリフがパッパッと出ないんです。でも、「いや、出なくていいんだ」 と勝さんは言うんですね。戸惑いながらでも、その方が臨場感があるんだという、まあこれは監督になる前ですけど。そんな調子だから、「セリフは聞き取りに くくてもいいんだ」と。と言っても、それが何話も続いちゃうとやっぱりお客さんから聞き取りにくいっていう、苦情の電話かなんかが来るわけです。で、この 時ばかりは局Pが「勝さん、セリフなんとかなりませんか」と言ったら――「お前らテレビだと思って寝転んで観るな。ちゃんと電気消して正座して観ろ。そう したらわかるんだ」と。確かに、ちゃんと観てるとわかるんですよ。わかるんだけども、シーンシーンでストーリーの説明とか一切ないわけです。シーンってい うのは全部こう独立してるんです。だから、観る人もそれを想像してつないでいかなけりゃいけないんですよ。説明のセリフもない。それでセリフは聞き取りに くい。でも、じっくり考えてちゃんと観てるとわかんないことはないんです。ただわかりにくい。同じ劇でも「太陽にほえろ」とか「水戸黄門」とか、そういっ た作品ばっかり観てる人はついていけないですよね。ただし、映画青年とか、ちょっと変わった作品が好きな人は、いいなあってなっちゃうんですよ。でもそれ はもう少数民族なんで。それで、あれは本当は26本作る予定だったんですよ。ところが、その「電気消して正座して観りゃわかるんだ」っていう、あの辺から 局はもうこれ以上視聴率は取れないから無理だと考えてたらしいんです。一方の作るほうとしては、ストックがなきゃいけないのに、13本目を放送した時には 14本目のクランクインもしてなかったんですよ。ということは穴をあけちゃう。局に対してペナルティ、恥をかくことになるんです。そうしたら局のほうから 「申し訳ないけど終わらせてください」ってことで、13本目で終わったんですけどね。
小見 まあなんというか、よかったというか。(笑い)
 いやもうスタッフはほっとしてましたよ。
小見 当時は毎週やってたわけですか?
 毎週です。で、普通テレビだったら二話持ちで、二本持ちで入るんですよ。でも、勝組はできないんです。13本のうちに8本くらいは勝さんが監督して、黒木和雄さんが二本撮って、森一生さんが一本撮って、根本順善さんが一本撮った。ですから全く能率が悪いんです。
小見 その時はやっぱりプロダクションじゃなくてプロダク損になったんですか?
 いやもう常にプロダク損です。もう一つあの人の不思議なところがあって。これは「座頭市」の時ですけども、他の監督は予定通りになん とか終わるんですね。ところが、監督が勝新太郎になってくると終わんないんです。当然、予算を使い切っちゃいます、現場の予算を。すると、あとは仕上げの 予算があるから「もうこれでやめてくれ」ってプロデューサーからストップがかかるんですよ。「でも俺は撮りたい」って言うんですが、「いやもう予算がオー バーしたからダメ」と。そこで、「なんとかならないか」「一つだけ方法がある」と。それは「オヤジのまわしてよろしいか」ということなんです。みんな勝さ んのことを「オヤジ、オヤジ」とか「オーナー、オーナー」とか言ってたんですけども、要するに、主役のギャランティと監督のギャラを製作費にまわしてよろ しいかということ。それで「ああいいよ」となっちゃうんです。自分の道楽で映画を作ってるんだから、自分が儲けようとかなんとかって気はなくて、自分の ギャランティを現場にまわしても、まるでそれは平気だったんです。まあ普通じゃ考えられないことですけどね。
小見 そういうきっぷだったのか、亡くなられた時も相当借金が残っていたのは有名な話ですね。
 借金も映画製作だけじゃない。そっちのほうは本人の取り分がないわけですから。そっちへまわすわけですから。ただ全てが赤字になるわ けじゃなくて。まああのころは銀座のクラブのこととか、いろんなことがたまっちゃって、最後はパンクしたんですけれども。でも「借金はいいから、その分で 映画作ってください」っていう人が結構多かったですねえ。
小見 そうですか。今、聞いてて思ったんですが、山谷の映画、この映画も聞きづらいんですね。で、よく言われるんですけど、「わかりづら いから字幕、スーパーインポーズを入れたらいいんじゃないか」と。アンケートなんかによく書かれてるんですけれど。うーん、現場での音の録り方もちょっと あったのかもしれないんですけども、でも実際、山谷の労働者のしゃべってる言葉なんてよく聞き取れませんからねえ。そういうこともあるし、それをわざわざ わかんなきゃいけないってことで、字を入れちゃうっていうのはいかがなものかと、僕はずっと思ってたんですよ。ちょっと違うかもしれませんが、勝新太郎さ んが「警視-K」でそういうふうに言ってくれると、そうだよなあ、うれしいなあと思ってしまいます。
 まあ、確かに聞き取りにくいけど、こう雰囲気が伝わればいいかなと思うんですよ。全てに字幕を入れちゃうと今度は文字に目が行っちゃ うんで。そうすると、じゃあその文字を見たからといって、映画の伝わり方が良くなるかといったら、またそれは別だと思うんで。今までずっとやってきたん だったら、このままのスタイルで、上映してもいいんじゃないかなと思って観てましたよ。

「編集」にはまった勝新太郎監督

小見 では、勝さんの映画の作り方を、境さんは映画編集者の立場としてどう思われますか?
 初めて監督したのが「顔役」って作品です。この時は、監督やるためにはキャメラのことも知らねばってことで自分でキャメラも回してる んですよ。そして、編集のことも知らねばと思って自分でフィルム編集をやってるんですよ。で、キャメラは「ダメだ」と、「俺には無理だ」と思ってあきらめ てくれたんですよ。ところが編集の場合は……。あの谷口登司夫さんっていう編集マンがいまして、その谷口さんがやると、勝さんが編集した淡白で単調な編集 場面が見違えるように良くなる。編集によって映画が変わることを発見するんです。それから編集が好きになっちゃったんですよ、困ったことに。谷口さんは、 「どうせ撮影と一緒で、すぐあきらめてくれるだろう」と思っていたらそうじゃなくて。本人は、三味線の出で指先が器用だから、フィルムに触るのがだんだん 楽しくなってきちゃうんです。もう最後のほうは、広島で編集しないと間に合わないってことで、映写機を持っていって。そうしたら、映写機が古かったからか 漏電しちゃって火吹いちゃって使えなくなっちゃった。それでまあ終わりだろうと思ったら、本人は「編集機で観よう」と。編集機で観ると「心が落ち着く」っ て言うんですよ。映写機と違って、止めて何度もその場で見通せるので観てるうちにいろんなアイデア浮かんでくるとか。もっと困ったのは「警視-K」の時で すね。もう夜の遅くに、夜の11時、12時頃に銀座のホステスがぞろぞろとこう来るわけですよ。つまり、銀座で飲んでる時に「編集やると面白いんだ」って 話をホステスにするわけですね。そうするとホステスはわかんないじゃないですか。「じゃあ今から見に行こう」ってことで。それまで編集部は待ってなきゃい けないんですよ。いろんなところで、「いやあ編集面白いんだ」と言って、必ずこういう回すマネしますから。それで、もういろんな人に講釈するわけですよ。
小見 勝さん自身がこう切ったり貼ったりするんですか? フィルム、ポジのあれを。
 編集機でこうボタン押すところがあるんです。印を付けるところ。あれをやりたくてしょうがなかったんですよ。それで「自分もやってみ たい、できるかな」ということでやるんですね。やって、こうパッとうしろを見るわけです。そうすると谷口さんがいるから、谷口さんがうなずけば進んでいく わけです。で、最初のうちは遠慮しいしいやっていくんですけど、だんだん慣れてくると、もう自分でぼんぼん、ぼんぼん押していって。でも、その押していく ところはアイデアとしてなんですね。なんていうか、こうアイデアが次から次と出てくるから、編集でそれをまとめようとするとまとまらないんですよ。部分部 分はいいけれど。ただ勝プロの良かったところは、現場で暴走してもキャメラマンがブレーキかけてくれるんです。大映京都の遺産を全部引き継いで使ってまし たから。あと編集で言えば、構成力がないとできないし、そういう編集マンがいたから。勝さんが「俺が少々変なことをやっても、なんとかみんながやってくれ るんだ」って、そういうのもありましたねえ。
小見 映画っていうのはある種の集団での作業ですからねえ。
 勝さんの場合は、部分部分のセンスはいっぱいあるんですよ。ただそれをまとめることができない。あれに構成力が備わっていれば、もう 大変な監督になってたと思うんですけども。ただ本人は「不完全でいいんだ。不完全の中に良さがあるんだ」とか、言って。あと「無駄があってもいいんだ。無 駄の中に、最後に宝があるんだ」とかね。それで、よくみんなが振り回されました。例えば、谷口編集マンがこれでベストだと思って観せますよね。それで納得 するわけです。「素晴らしい」と。でも次には、「このタイミングを壊してもっといいものにしてくれ」となったりするの。それで、ああでもない、こうでもな いとやって、何通りもやるわけです。で、最後に言うんです。「わかった。これだけのことやってくれたから俺の間違えはわかった。元に戻してくれ」と。いや 本当です。今だったらコンピュータでやればすぐ戻るでしょうが、当時はフィルムなので1本しかないフィルムを切り刻んでいかなけりゃいけない。もう編集室 の床なんか被災地みたいでしたね。そのアイデアですが、固定観念がないからなんですね。一般人が持ってる固定観念がない。あの、いい意味でも悪い意味でも 義務教育を受けてないんですよ。だから小学校とかなんとか行って、ちゃんとしたいろんな決まり事を習ってないんですよ。で、何をやってたかっていうと芝居 観てたとか。家柄が三味線だから。その辺の固定観念のないこともあって、自分自身に正直になって、部分部分でものすごい発想がいろいろと出てくる。例えば 「兵隊やくざ」。田村高廣さんとのコンビで非常に面白いんですけれども。これは監督になる前ですが、上官からこう作戦の指示があるわけです、「大宮、わ かったな」って。で、台本では「はい」となって次の場面に変わるんです。ところが本テストまで「はい」と言っていても、本番では「わからない」って言うん です。「わからない」と言ったほうが面白いんですよ。「大宮、わかったんだろ」「わかりません」と。そうすると、今度は田村さんの有田上等兵のリアクショ ンが生まれてくるんです。こうやってジロッと見るんですよ。だから、部分的なセリフはちょっと変えてたり……。
小見 なるほどねえ。

俳優の引き出し方、これはプロの監督よりうまかった

 あと、あの人の運動能力。普通はクラブ活動ってみんなやるじゃないですか。でも勝さんはクラブ活動をやったって聞いたことないです よ。ただ、相撲をやれば高見山から「この人は十両になれる」とか言われるくらいの……相撲のシーンがよく出てくるんですよ、「座頭市」でも「悪名」でも。 ちゃんとサマになってるんです。それともう一つ、あの「人斬り」の走りのシーン。当時の俳優さんの中でも走ったら一番早いんじゃないかっていうくらい。だ から、あの腰の座った立ち回りができた。その運動能力はどこからきたのかって不思議なんですよ。もっと凄いのは、あきれちゃうのは――これは映画館で観な いとわかんないです。「人斬り」の走りのシーンっていうのはト書で3行しか書いてないんですよね。まあ全部で5行くらいなんですけども、それを五社英雄さ んが真っ昼間から走らしたわけです。で、自分だけ一人で走ってるもんだから、「キャメラも走って来い」なんて言い出して。キャメラも走って追っ掛けて撮る んです。それで、もうしまいには、「監督も一緒になって走れ」「俺が一緒に画面に映ってどうすんだ」「画面に映らない所で走れ」とかって、そういうことを 言い合いながら撮らなきゃいけないから大変ですよ。それと、もし今度「人斬り」が上映される時にスクリーンで注意して観てもらいたいのは、あのあと岩陰 を、岩の間を走るシーンが2カットあるんですよね。最初わからなかったんですけども、握り飯を食いながら走ってるんですよ。そんなことができるのかって いっても、よく観ると右手でこう持ってかじりながら走ってます。そういったことに対するアイデアとか執着心はすさまじいですよ。まあこういった役者馬鹿だ けで終わってくれたら、監督やらなかったらいいなと思ったこともありましたよ。といっても、監督は監督でいいところがあるんです。それは俳優さんの引き出 し方ですね。これはもう本当、普通のプロの監督よりもうまい。名監督が部分的に同じことをやってます。例えば、山田洋次監督の「家族」。あれはロードムー ビーなんです。全く勝さんと同じです。そういったいいところもあるんだけれども、普段の行動が派手だから誰も指摘しないですよね。他のところが目立っちゃ うから。
小見 ただ「勝新太郎はすごいなあ」って言う時、それは役者だけじゃなくて、監督としてもすごいというファンが結構いますよ。もちろん演 技はすごいんですけど。それと主役じゃなくてもね、例えば黒木和雄さんの「浪人街」でのやり方とか。あの時は主役級といっても主役じゃなかったですよね。
 そうなんです。本人は「俺が暴れちゃうと原田芳雄とか石橋蓮司が目立たなくなるから」って、現場でしなかったんですよ。でも、本当はひと暴れしないとおさまんないんですよね。(笑い)
小見 それと、この間、別のところで話を聞いたんですが、「座頭市」がキューバで大人気だったとか。まあ見ようによってはラテン系ののりの雰囲気もあるんで、彼らの気質に合うのはなんとなくわかりますが。そこら辺はどうなんですか?
 格好もずんぐりしていて、どこでもいるようなオッチャンで、それと酒も好きだし女も好きだしバクチもやる。「俺達と同じだ。俺達と違 うのは居合いができるだけだ」と。そういったところが親しまれたんじゃないですかねえ。それと、不思議なのは日本映画の喜劇とかお笑い、ユーモアを評価し てるんですよ。キューバ人にそのユーモアがどう伝わったのか。日本の喜劇映画を持っていって、日本人のユーモアとかお笑いが伝わるのか。「寅さん、どう思 いますか」って聞き損ねちゃったんですけどね。大スターでありながら、笑いができる俳優さんは勝さんしかいないですねえ。
小見 そうですね。喜劇俳優っていうと三木のり平さんとか、さっきの森繁久彌さんなんかと掛け合ってますね。
 笑いっていうのは――本人がいつも冗談とか駄洒落とか、ああいうのが好きなんで。しょっちゅう、アドリブなんかで駄洒落を言ったり。 「御用牙」っていう映画、これもなかなかパワフルな映画なんですけども、この時の西村晃さんと二人で待ち時間に話されてる会話っていうのは、もう漫才だと 言ってましたね。吉本よりも面白いと。いくら待たせられても二人の話を聞いてるのは楽しいって、スタッフみんなが言ってました。落語が好きだったっていう のがあるんじゃないですか。

画面が揺れても、ボケていてもいいじゃないか

小見 (観客に向かって)ええ、ここまで勝新太郎の人となりとかやり方を聞いてきたんですけれど、「勝新太郎とドキュメンタリー」という雰囲気になってます? ちょっとはなってる?
 この中で監督・勝新太郎の作品を何か観た人っています? 監督・勝新太郎のです。では「顔役」を観た人はいますか? (手を挙げた観客に)どうでした?
参加者A だいぶ前に観たので覚えてないです。子供の頃に親に連れられて。
 親に! えっ、ということは親が勝さんのファンだった。
参加者A そうですねえ、親父がそうです。
 親父さんっていうのは相当にアナーキーな人ですねえ。「顔役」を観せるって人は大変なことですよ。劇場の前列の一列目から三列目くら いだったら、酔ってきちゃうんですよ。要するに、「画面が揺れてもいいじゃないか」とか「ボケてもいいじゃないか」とかっていうことからスタートしてるん ですよ。だから、そういった点があるから、本人がこう回してるんですよ。普通だったらNGになっちゃうんだけども、ドキュメンタリーの場合はNGもOKも ないし。だから変な画が出てきたと思ったら、勝新太郎が撮った画だなと思ってもらっていいと思うんですけども。でも、あの作品は台本撮りなんですよね。だ からト書でこう「キャメラが走査する」って書いてあると、キャメラが走査するんですよ。だから相当キャメラをぶん回して。全体の三分の二はキャメラが揺れ てますね。画面が大きいと割と効果がありますよ。あとはテレビの「座頭市」で監督・勝新太郎がやったのはいいのがあります。時間が45分だとシナリオでは 書けない、そういったびっくりする展開がありますけどね。だから、もし機会あったらちょっと集中して、こう電気を消して、観たらいいと思いますよ。テレビ の「座頭市」の監督・勝新太郎の作品を観た人います?
参加者A 最初のほうを僕は観たことがあります。
 さっきの森繁さんの出た作品、あれも尺がオーバーして90分以上になったんですよ。テレビ局の約束事は一話完結です。でも、この時は これを切っちゃったら、つまんなくなるっていうんで前編後編に分けて納品したんですよ。もう局はびっくりですよ。無理やり押し込んだんですが、これが結果 的にはいい作品として残ってるんで。ただ、それは勝さんだからできたんで、他の人にはできないですねえ。森繁さんにとっては子供の遊びに付き合ったような ものだけど、一番いい味が出てるのは森繁さんなんです。
小見 俳優で監督もした、勝新太郎っていうは、なんか気になりますね。僕もテレビなんかでやってると、やっぱり観ますね。この間もその 「座頭市と用心棒」をやってたんで、また観ちゃいました。最後に、三船敏郎と若尾文子が死んじゃうのかと思ったら、おお生きたか。死なないふうになんとか したかっていう。三船敏郎もいいんですけど、うーん、やっぱり勝新太郎ですね。勝新が主人公なんだから当たり前なんですが、でもそれにしても圧倒的に勝っ てるという映画でした。
 あの頃からゲストが良くなってきたんですよ。他社の仲代達也さんが出てきたり。それまでは大映の人達が相手役をしたりで。それがちょっと、もうだんだん役不足みたいな。後半からですねえ、ゲストが良くなってきたのは。
小見 でも、素人の内田裕也なんかも出てますね。あれも今日のDVDに映ってますが。
 裕也さんは、どうしても「市に斬られたい」と言って駄々こねて。息子の奥村雄大(五右衛門)には斬られたくないってゴネちゃって大変 だったんですよ。勝さんが「じゃあ、お前を殺すのやめた。山ん中を千両箱担いで逃げろ」と言うと、裕也さんが「そんなかっこ悪いのいやだ」と。「じゃあ、 どうしたらいいんだ? ちょっとお前、やりたいことをやってみろ」って言ったら「ロックです」って答えたんですよ。「それなら、お前のロックを見せろ」と なって、最後にバンダナを取ってこう啖呵を切るんです。まあそういうことがやりたかったみたいなんです。

「カット尻」についての二つの逸話

小見 亡くなられたのはいつでしたか? さきほど17回忌っていわれましたから、17年前、16年前ですね。そうですか。ええ、これはあまり聞きたくなかったんですけど、聞いちゃいます。北野たけしさんの「座頭市」どう思います?(笑い)
 たけしの「座頭市」については、キューバの大学の先生が講演で言った通りだと思うんですよ。東大の学生が質問したんですよ。「たけし の『座頭市』どう思いますか」って。そうしたら「たけしであろうと誰であろうと勝新太郎以外の座頭市はありえない」と。もうそれで終わりです。ただ、あれ はたけしの企画じゃなくて。実は、たけしはやりたくなかった。嫌でしょうがなかったんですよ。浅草のロック座のおかみさんがいるんですよ。ちょうど7回忌 だったんで、7回忌を盛り上げようというんで、そのおかみさんがたけしと勝プロの関係者を呼んで、「私の言うことに反対しないで欲しい。7回忌だから北野 たけしで『座頭市』を作ってくれ」と、こう言うわけです。で、みんなはびっくりしたっていうんですよ。だから、たけしは嫌で、本当はやりたくなかったんで す。もう一つたけしがやりたくなかったのは、勝さんがハワイから帰って来た時にやった対談です。その時、たけしは一言も話せなかったんです。なんでかと 言ったら、ハワイから帰ってくる前に、いろんなちゃかしたことを言ってたんで、こうガツンと言われてるんですよね、対談の前に。だからもう一言も言えな かったっていうエピソード。その流れからも、「座頭市」は本当はやりたくなかった。だけど、やりたくなかったものが当たっちゃうんですよね。
小見 うーん、実は私もたけしのは観てない。観たくなかったから観てないんですけれど。(笑い)
 まあみんな「座頭市」と思って観てないと思いますよ。それと最後にもう一つだけ。森一生っていう監督は、芝居が終わってもしばらく カット掛けなかったんですよ。役者っていうのは、監督のカットがないと芝居をやめることができないから、いろんな仕草をして。で、そこんところの画を編集 マンが使うんですよ。それを勝さんは観てたんですね。あの時の画がここで使われてる、全然違ったのが使われてる、と。その繋がりが段取りじゃなくて、いい 感じだったんで、それを覚えちゃって。それを自分が監督する時、人を撮る時に使うんです。カット尻を長くしちゃうんですよ。ところが、自分の出番の時は、 自分で「カット」って言うわけじゃないですか。で、画面を観ると他の人は長く撮ってるんですが、座頭市のところだけは自分で言ってるんでカットが早いわけ です。「どうして俺だけ早いんだ」と、まあこうなるわけです。それで助監督とか記録を集めて、「俺は自分でやってるからわかんないんだ。お前ら、俺のこと をちゃんと見てないと駄目じゃないか」ってこう檄を飛ばすわけです。でも、そのあとは結局、「言っても聞かないのよ」ってなっちゃうんですけれど。もう一 つカット尻の話で言うと、増村保造さんって名監督がいましたが、この増村さんが「悪名」を最後に撮るんです。そこで、勝さんが杉村春子さん扮する女親分に ステッキで叩かれるシーンがあるんです。勝さんが言うんです、「本気で叩け」と。そして、増村さんはここぞとばかりカット掛けなかったんですよ。(笑い) 本気ですから痛いじゃないですか。いや叩くのも大変ですよ。杉村さんも本当に疲れたっていうのをそのまま演じてまして。叩く方も叩かれる方も大変。でも監 督は知らんぷりして、なかなかカット掛けなかった。もう怒ってましたね。「どうしてカット掛けないんだ」って。でも、そういった監督が勝さんに負けない時 の作品っていうのは締まって面白いですねえ。森一生監督とか三隅研次監督、増村保造さんは負けないから。
小見 なるほどねえ。ええ、境さんの頭の中、目の中には、そういうシーンがいっぱい入ってるんで、伺えばどんどん出てきます。とはいえ、 そろそろこの場での話はおひらきです。でも、まだ電車はあります。もっと話を聞きたいという方は隣の部屋に移動して、ここの続きをどうぞ。こことはまた 違った話が聞けるかもしれません。隣には、実は今日はお酒がいっぱいあるんで、呑みながらもうちょっと話を交わしたいと思います。時間のある方はぜひ隣に お残りください。今日はどうもありがとうございました。
[2013 5. 11 planB]

〔追記〕
勝新太郎監督作品に興味をもたれましたら、是非見てもらいたい作品があります。初監督作品の「顔役」、TVシリーズの座頭市の「二人座頭市」「赤城おろ し」「心中あいや節」「冬の海」「糸くるま」「渡世人の詩」。あと勝監督に影響を与えた勅使河原宏監督の「燃えつきた地図」。また勅使河原宏監督の、TV 最後の座頭市「夢の旅」も加えたいですね。(境)

zatouichiiai

2013年5月11日

plan-B 定期上映会

勝新太郎とドキュメンタリー
講演 / 境誠一(映画編集者)

もちろん、勝新太郎がドキュメンタリーを撮ったということではない。ドキュメンタリー志向というのとも違う。では、なぜ「ドキュメンタリー」なのか?誰かが日本の三大監督の一人に勝新太郎をあげていた。ここでは稀有な名俳優としての勝新太郎ではなく、映画監督の、それはまるでアヴァンギャルド作家のような顔をもった勝新太郎の姿だ。合理性をきらい、計算した役者の演技はきらい、あげくにカチンコをつかわない、そんな勝新太郎の映画づくりの秘密をいくつかのエピソードを交えて、映画編集者の境誠一さんに語ってもらう。そして、なぜ「ドキュメンタリー」なのかも考えていきたい。

「勝新太郎7回忌法要記念場面集」DVDを併映(20分)